謎の老婆
1
恋の成就だけが、幸せではない。満足のあるところに、幸福がある。
合理的でリアリストを自負する天道家の次女・なびきは、感情に振り回されたことがない。誰に対しても程よい距離感を取るドライな性格だ。けれど姉妹のことは、なびきなりに愛しているし、大切に思っている。幼い頃に母を亡くした彼女にとって、慈愛に満ちた菩薩のような姉のかすみは敬愛の人であり、多大に感謝と思慕の念を抱いていた。なびきにとっては唯一、頭の上がらない女性でもある。
ひとつ違いの妹のことは、何かにつけ昔から気にかけていた。真面目で思いやりのある優等生タイプの妹。勝ち気で頑固だが、単純でお人好し。学校で一番人気の美少女であるのに、気がついたら男嫌いになっていて。
姉のかすみともなびきとも違う、何事にものめり込む質で感情に振り回されることの多い妹のあかねのことを、なびきは誰よりも心配していた。ポーカーフェイスのなびきは、そういった思いをほとんど面に出すことはなかったが、オープンにしない分だけ、悩みは深かった。
もっと要領よく、適当に手を抜いて立ち回ることも必要なのに。演技や駆け引きを覚えて、相手を出し抜くことも利用することも覚えてほしい。正直の上に馬鹿がつくほどの妹を見ていると、ハラハラし通しだった。
また、勘の鋭いなびきは、昔からあかねの考えていることは大抵わかってしまう。彼女が誰にも秘密にしておきたかったであろう悩みも、なびきは意外な程簡単に見抜いてしまう。自分自身の利発さが嫌になるほどだった。 このようなひねくれ者と同じ血筋とは思えない。だがその危ういくらいのまっすぐな素直さが、なびきには眩しく、そして愛しかった。
あかねの悩み、それは恋だった。しかも片恋。
なんとかしてやれるものなら、してやりたかった。けれどあかねの初恋の相手は、ご近所の小乃接骨院の東風先生だった。彼には好きな女性がいて。よりによって彼女の恋敵はかすみ。さすがのなびきでも、これはどうすることも出来なかった。
異性にモテモテなのに、どうして叶わない相手を好きになってしまうのか。
なびきは腹の底で舌打ちする思いだった。
あかねの恋心にまったく気づいていなかったかすみは、よく東風へのおつかいをあかねに頼んでいた。
『あかねちゃん。ちょっと東風先生のところに寄って、本を返してきてくれないかしら?』 『煮物を作りすぎちゃったの。東風先生に持っていってあげてほしいの』
その度に、なびきは視界の端であかねを見た。
慕っている東風のところへ顔を出す口実が出来るから、あかねは嬉しそうだった。だからなびきは、『お姉ちゃん、自分で行けばいいじゃない』と言えなくて。それに天道家の家政一切を取り仕切っているかすみが依頼する〃おつかい〃は、小乃接骨院に限ったことではない。だからその時だけ口を出すのも妙な具合だったし、お節介は性に合わない。
《どうしてお姉ちゃん、自分で行かないんだろ?》
東風がかすみに好意を抱いていることは、患者の間でも近所でもけっこう有名であるし、鈍感なあかねでさえ気付いている。かすみは、東風のことをどう思っているのだろう? これだけはなびきにも、いまいちよくわからなかった。
小乃接骨院から帰ってくると、時々とてもふさぎこんでいることがあった。家族に心配かけたくない妹が、いつも以上に明るく振る舞っている時は、なびきは彼女に近づかないと決めていた。 《もうやめときなさいよ、そんなめんどくさい恋は》
つい言わなくてもいいことを、言ってしまいそうになるから。
《アンタなら、他にイイ人いっぱいいるでしょ?》
焦らなくても、これからだっていくらでも良い出会いはあるわよ。守銭奴で計算高いって噂されているあたしよか、引く手あまたでしょーが。
麻疹のような幼い恋から、早く卒業してほしい。自分たちのなかで、一番〃母の記憶〃が薄いあかね。人一倍甘えたいくせに、甘えるのが苦手な妹。東風のような誠実であたたかい人柄の青年が、彼女を想ってくれればいいのだが。人生、そううまくはいかないのもだ。
それから月日は経ち、なびき17歳・あかねが16歳の春。
あかねにとって運命の出会いの日が訪れた。
なびきにとっても。
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祝言がめちゃくちゃになって、流れてしまってから1年が過ぎた。早雲が言っていた〃身辺整理〃は、進んでいるのだろうか?
(進んでいるようには見えないわねー。あの子もいつも機嫌が悪いし……)
今日もあかねはひとりで帰ってきた。乱馬はまたシャンプーたちに追いかけられていたのだろう。夕飯時に滑り込みセーフという形で帰宅したのだが、小さな傷だらけだった。
「あー、腹減った。えれー目に遭ったぜ」
「自分が悪いんじゃない。毎度毎度、情けないわね」
今日もいつもどおりのことがあったのだろう。二人が帰宅してからずっと、不毛な言い合いが続いていた。どちらも気が強く意地っ張り。とくに乱馬は己の優柔不断さやヘタレな点をしてきされるとますます意固地になる傾向がある。
あかねの声をスルーしながらかすみからご飯茶碗を受け取り、味噌汁を啜ってご飯をかき込もうとする乱馬の横で、あかねが溜め息をついた。その溜め息が、いくつもの文句よりも胸に響いたのか、堪り兼ねたように乱馬が声を発した。
「俺のせいじゃねーだろ!」
(……いや、アンタのせいでしょ。どう考えても)
なびきは浅漬けを噛みながら、心でツッコミを入れる。
「あんたがいつまでもハッキリしないから、彼女たちも迫ってくるんじゃないの」
早雲も玄馬も、一心に食事に集中している風で、黙っている。かすみはあるかなしかの微笑を浮かべ、『はい、乱馬くん』と、味噌汁をよそって渡した。
「俺はちゃんと断ってるっつーの!」
デートの誘いや愛の告白は、本人はあれで断っているつもりのようだ。
「どーだか。……いつまで経ってもいいように振り回されるばっかで、ほんっと情けない……。付き合わされる身にもなってほしいわ」
もうはあかねは、以前のように怒鳴り返したりしない。乱馬はムキになって声を荒げているが、彼女は心底呆れているのかもしれない。
「いちいちうるせーよっ!」
イライラが高じた乱馬が、思わず座卓に茶碗と箸をそれぞれ持った手を乱暴に突いた。
耳障りな音が茶の間に響く。その場の皆は、無言で息を呑んだ。
「だいたいなんだっておめーに、そんなに偉そうに言われなくちゃなんねーんだ? こっちの気も知らねーで!」
水を打ったような静けさが広がる。
二人の会話に第三者が口を挟むのも良くない。これはあかねと乱馬の問題だ。けれどこの発言は、少々まずいのではないか?
乱馬の剣幕に、あかねは驚いて口を噤んだ。その表情に、さすがの乱馬も自分の言葉を一瞬悔いた。
「……乱馬! なんですか。食事の席で大声を出して……!」
さすがにのどかだけは、息子の態度を窘める。マナー云々より、娘同様に思っている息子の許嫁を慮っての言動だった。
「……ワリィ」
あかねはそれきり黙ってしまう。これ以上家族の食事の時間を不穏な雰囲気にしたくないと、会話(喧嘩)を無理矢理切り上げたようだ。
乱馬も食事ぐらい、誰にも邪魔されたくなかったのかもしれないが、おまえが言うな! と突っ込みたくなる。なびきもなにか言いたかったが、ものを食べているときは揉めたくない。だがこの状況では、もう今更である。
続きはpixivでね🍀 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17676150
最近、想像力が錆び付いてきた気がする。
小説(二次)を投稿したくても、ネタが思い付かない。乱あ小説を過去作品から読み直していて、つくづく皆様の発想力・創造力・表現力に脱帽。画家志望の人たちが、偉大な芸術家ピカソの作品を見に行って自信喪失し、次々と筆を折ったというエピソードが甦る。なんだか少し、理解できる気がする。私ごときが言うのもなんですが(笑)。
4年前から書いてみたいストーリーがあるのですが、それは大東亜戦争モノ。いろいろ調べたりしなければいけないので、中断しています(-_-;)💦
乱馬は陸軍、良牙クンは海軍。久能先輩は軍の比較的上層部……。までは設定が決まっています。
途中2年程、投稿からも遠ざかっていたので、完結するのは夢のまた夢になっています🌠
キーを打つ手に神様が降りてくると、作業もあっつー間に進むんですけどね~。